ZenShield® ホワイトペーパー
概要
FCCによって規定される放射エミッション制限に準拠することは、昨今のデジタルシステム設計者にとってはますます困難な課題となっています。最終的なFCCシステムレベルテストでの放射エミッション試験に合格するために適切な構成部品を選定する必要があり、システム設計エンジニアは長年にわたり苦労をしてきました。本稿では、低コストかつ高性能な相互接続コネクタ製品シリーズそれぞれの放射特性を評価する上で、一般的にアンテナ性能として用いられる放射指向性の解析を用いるなど、内部接続部品のシールド性能を向上させるためにさまざまな手法を評価致しました。
- Alan Kinningham - Signal Integrity Design Team Manager, I-PEX
- Adam Nagao - Signal Integrity Engineer, I-PEX
- Travis Amrine - Global Industry Marketing Manager, I-PEX
ZenShield®
ZenShield® とは、I-PEXの小型コネクタ製品における優れたEMC対策コネクタシリーズの設計デザイン名称です。 ZenShield®は特にイントラシステムEMC問題の対策が求められている無線通信機能を搭載した高機能電子機器でも、アンテナの近くにコネクタを配置するなど自由な基板設計が可能になります。
CONTENTS
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背景
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ZenShield®ファミリー
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コネクタのEMC性能の分析
放射電界エミッション -
第1章 : HFSS 3D電磁界シミュレーションの結果
カテゴリ1の結果
カテゴリ2の結果
カテゴリ3の結果
カテゴリ1、2、3コネクタの比較 -
第2章 : 最大放射電界解析
最大放射電界(シールドコネクタからの放射)とFCC OATSまたは3m法で測定された電界との関連性 -
結論
背景
1976年、米国連邦通信委員会(FCC)が”意図しない放射を含む放射エミッション”に対してCFR47 Part 15, Subpart Bを規定して以来、電子機器業界は長い道のりを歩んできました。CFR47 Part 15, Subpart Bでは、10kHzを超える同期信号を含むあらゆるデジタル信号方式に対して、規定された放射エミッション制限を満たすことが求められています。放射エミッションは以下の2分類に対して、各々に制限が規定されています。(図1)
- Class A 業務用機器で放射エミッションの制限がある程度厳しいもの
- Class B 消費者向けに市販されるデバイスで厳しい制限が少ないもの
FCCがCPUの情報処理速度や、フラットパネルディスプレイの解像度についてまで規制対象に含めることは、世間一般の人々にとっては一見奇妙に思われるかもしれません。しかし、現代のデジタル信号(マルチギガビットのデータレートで一般的に動作しているもの)の持つ非常に速い立ち上がり/立ち下がりが、時間とともに変化する電磁界を周辺領域へと伝搬させると考えると、FCCによる規制は理にかなっています。FCCは無線通信(ラジオ、テレビ、携帯電話、衛星通信、地上固定局など)の中断を回避するために、電磁周波数スペクトルが適切に割り当てられ、保護され、規制されていることを保障する責任を負っているためです。
適切に割り当てられたスペクトルに応じて、対象の周波数帯域を利用するユーザーや放送会社へとライセンスが付与されます。 各帯域内の全ユーザーに対して帯域幅の可用性と互換性を保証するFCCは、電子デバイス、通信技術、およびデータアプリケーションの継続的な進歩に伴い、ますます困難かつ重要な役割を担っています。一方、多くの高速デジタルデバイスは、設計目的に関係なく、意図しない放射体となり、他の通信チャネルが割り当てられたスペクトルの適切な使用を損なう可能性があります。
前述したとおり、FCCが1970年代にApple IIパーソナルコンピュータやIBM PCなどのデバイスからの意図しない放射体に対処し始めて以来、電子機器業界は長い道のりを歩んできました。現在のデータセンター、5Gワイヤレス、クラウド接続、高解像度ビデオ、および自動車用電子機器の爆発的成長とそれに伴う周波数帯域幅の枯渇は、デバイスと構成部品の能力に負担をかけ続け、電磁両立性の維持を困難にしています。
さらに、OEMとエンドユーザに最適なソリューションを提供するには、小型化・コストダウン・電気的性能のバランスを取る必要があります。データレートの大容量化は、構成部品のシールド要求を高める一方で、同時にメーカーは短期的な製品ライフサイクルにおいて絶え間なくコストダウンに努める責任があります。
シールドされた構成部品を含めることは、通常の電子設計のオプションではないかもしれません。しかしI-PEXは、マルチギガビットデータレートを採用した現代のシステム情勢を汲み、高品質・超小型・高精度な相互接続システムの必要性と電磁両立性の必要性を強く認識しています。このような背景を受け、この度I-PEXはZenShield®ファミリーのコネクタを開発しました。ZenShield®コネクタは特に5G、動画再生、ポータブルデバイスなどのさまざまなアプリケーション向けのミリ波およびマルチギガビットアプリケーション向けに設計されており、これらハイエンドシステム設計者の抱える問題に対してソリューションを提供します。
ZenShield® ファミリー
ZenShield® とは、I-PEXのコネクタ製品における優れたEMC対策コネクタシリーズの設計デザイン名称です。I-PEXのZenShield®ファミリーコネクタには、多数のラインアップがありますが、本稿では、これら複数のカテゴリにわたって幅広い用途をもつコネクタ製品のうち3製品について述べます。
カテゴリ1 – MHF® 7SマイクロRF同軸コネクタ(嵌合高さ1.4 mm)
カテゴリ2 – NOVASTACK® 35-HDN基板対基板コネクタ(嵌合高さ0.7 mm)
カテゴリ3 – EVAFLEX® 5-HD FFC / FPCコネクタ(嵌合高さ2.0 mm)
コネクタのEMC性能の分析
放射電界エミッション
FCC(または他のEMC規制機関)では、電磁両立性の項目においてコンピュータまたはデバイス全体の放射エミッション制限を設定するのがほとんどです。デジタル電子システムは多数の部品で構成されており、シールドされていない一部の構成部品に起因した放射電界が許容限度を超えて伝搬することで、システム全体がEMC試験の規制を満足できなくなる可能性があります。構成部品のシールド効果を評価するためには、いくつかの方法があります。
- 3D電磁界シミュレーション
Ansys HFSS、CST Micro-wave studio、または同様のプログラムなどの3D解析ソフトウェアを使用して実行されます。解析上では、コネクタペアの3Dメカニカルモデルがインポートされ、ケーブル、PCB、またはその他の伝送ラインモデルに対し、その使用目的に沿った状態で配置されます。シミュレーションのポートは、伝送ラインモデルの適切なポイント、またはコネクタ自体の信号入力接点に定義されます。出力接点は、短い長さの伝送ラインモデル(同軸、PCB、フレックス回路など)に接続され、伝送ラインの特性インピーダンスで終端されます。次に、周波数範囲、ステップサイズ、信号振幅、境界条件などの種々の電気的条件を設定し、解析空間のメッシュ化を経て、解析が実行されます。EMC分析の場合、放射電界エミッションがシールド効果の一般的な評価基準となっています。 - 屋内シールド電波暗室における測定
基本的に金属製ドアが取り付けられた、電気的に密閉される大きな金属製の箱であり、壁面等には電波吸収体が適切に設置されています。被試験デバイスを設置するための非金属製ターンテーブル、受信アンテナ、および適切な伝送ライン固定具が備えられており、DUTからの放射電界エミッションの測定に使用されます。この手法の利点は、これらのチャンバーが一般的にセルラーOTAテストの測定に使用されていることであり、その内部環境が屋外テストサイトと同等の環境となるよう校正されていることにあります。OATSデータは、元々、part 15 sub-part J準拠の目的でFCCにより要求されていました。
パッシブDUTの場合、電波暗室の外に設置したシグナルジェネレーター等の信号源から電波暗室の壁面に取り付けられたバルクヘッド同軸コネクタを介して入力用同軸ケーブルを配線させ、DUTに信号を励起します。このとき、DUTには伝送線路内での信号反射を排除する目的で、特性インピーダンスに等しい負荷により終端されます。DUTに信号が励起されている間、DUTをターンテーブルによって回転させ、DUTの各方向における放射電界が受信アンテナによって検出され、スペクトラムアナライザまたはパワーメータへ伝達されます。この測定をシールドコネクタおよび非シールドコネクタ各々に対して行うことにより、各種コネクタで採用されているシールド機構の効果を判断することが可能です。
図5-アンテナ測定範囲図
第1章
HFSS 3D電磁界シミュレーションの結果
本稿では、3D電磁界シミュレーションとしてAnsys HFSS 3Dソルバーを使用し、3種のコネクタ製品に対して最大電界漏れ量について解析を行いました。
MHF® 7S マイクロRF同軸コネクタ、薄型、ストリップライン、ロッキングコネクタ、HFSS分析
図7 - マイクロRF同軸コネクタ MHF® 7S、駆動信号シミュレーションのセットアップ
図8 - マイクロRF同軸コネクタ MHF® 7S、ポートアサインメント
図9 – マイクロRF同軸コネクタ MHF® 7S、YX EMI平面放射パターン
図10 – マイクロRF同軸コネクタ MHF® 7S、XZ EMI平面放射パターン
図11 – マイクロRF同軸コネクタ MHF® 7S、YZ EMI平面放射パターン
NOVASTACK® 35-HDN基板対基板コネクタ、0.35 mmピッチ、5Gミリ波コネクタ、HFSS分析
図12 – NOVASTACK® 35-HDN駆動信号シミュレーションのセットアップ
図13 – 5G用の0.35 mmピッチ、基板対基板コネクタNOVASTACK® 35-HDN、ポートアサイメント
図14 – 5G用の0.35 mmピッチ、基板対基板コネクタNOVASTACK® 35-HDN、YX EMI平面放射パターン
図15 – 5G用の0.35 mmピッチ、基板対基板コネクタNOVASTACK® 35-HDN、XZ EMI 平面放射パターン
図16 – 5G用の0.35 mmピッチ、基板対基板コネクタNOVASTACK® 35-HDN、YZ EMI 平面放射パターン
表2 – 基板対基板コネクタ シールド機構の有無による電界強度とシールド効果
EVAFLEX® 5-HD FPC / FFCコネクタ、高速電装、高さ2.0 mm、0.5 mmピッチ、HFSS分析
図17 – FPC / FFCコネクタ EVAFLEX® 5-HD、駆動信号シミュレーションのセットアップ
図18 – FPC / FFCコネクタ EVAFLEX® 5-HD、ポートアサイメント
図19 – FPC / FFCコネクタ EVAFLEX® 5-HD、 YX EMI 平面放射パターン
図20 – FPC / FFCコネクタ EVAFLEX® 5-HD、XZ EMI 平面放射パターン
図21 – FPC / FFCコネクタ EVAFLEX® 5-HD、YZ EMI 平面放射パターン
表3 – FFC / FPCコネクタ シールド機構の有無による電界強度とシールド効果
第2章
最大放射電界解析
(第1章の結果に対する構成部品の選定)
表4からわかるように、3つのコネクタは各々のシールド設計改善により、1~10GHzにおけるシールド効果が大幅に改善されました。第2章では第1章での最大放射電界解析をさらに拡張し、これら構成部品がFCC規定に準拠するための最大入力電力を定量化します。
単純化された算出モデル:構成部品に適用される最大許容電力の算出においては、非常に単純化されたモデルを考えます。この保守的なモデルにおいては、コネクタに入力されたすべての電力が放射に利用されるとしています。実際には、この入力電力のごく一部のみが放射に寄与し、電力の大部分は伝送ラインに沿って、目的のデバイス負荷へと供給されます。
最大放射電界(シールドコネクタからの放射)とFCC OATSまたは3m法で測定された電界との関連性
最大放射電界を測定するには、一般的に使用されるアンテナ特性評価方法を使用して、シールドコネクタからの放射指向性を求める必要があります。実際の測定システムでは、シールドコネクタからの放射は、通常の測定セットアップのバックグラウンドノイズレベルに埋もれてしまうほど小さくなる可能性があります。この場合、スペクトラムアナライザの分解能帯域幅(RBW)またはビデオ帯域幅(VBW)を下げる、もしくは周波数スパンを下げることで、(掃引時間の増加を伴う必要はあるものの、)ノイズフロアを充分に下げ、DUTからの放射電界を検出することが可能になります。ただしこれらの変更は、測定時間の長時間化につながります。
この測定した放射電界を利用して、コネクタへの特定の入力電力に対する最悪ケースの電界漏れを計算することが可能です。[ここでは、シールドされたエンクロージャー, ガスケット等種々のEMI対策手法によってもたらさせる追加のシールド効果を考慮していません。] また、前述の単純化された算出モデルの定義も参照してください。
今回の検討においては、最大放射電界はANSYS HFSS 3D電磁界シミュレーションを使用し、コネクタDUTを未知のアンテナとして扱うことで求められました。式1は、コネクタの最大放射(Leakagedut)、DUTへの入力電力(Pin)、および実効等方性放射電力(EIRP)の関係を示しています。
式1を使用してPinとLeakagedutを組み合わせると、下記のようになります。
EIRP=放射指向性にもとづいて特定方向に集中したときのDUT放射出力電力
このEIRPを式2のPに代入すると、r=3mの場合の電界強度が求められます。
ここまでで、コネクタの最大放射電界(Leakagedut)をシミュレーションし、このLeakagedutとPinおよび式1を用いることにより、DUTから放射される最大出力電力(EIRP)としてあらわすことができます。さらに、式2ではr=3mの場合の最大電界を予想することが可能です。
しかし、本当に知りたいことは、コネクタの最大放射電界が、FCC制限を満たすか否か、ではないでしょうか。これを究明するために、式1と2(b)を組み合わせ、FCC 3m テストチャンバーの放射電界強度の制限内に収まる可能性のあるDUTへの最大入力電力を導くことができます。
将来のZenShield®コネクタの最大放射電界をシミュレートし、式4を用いることにより、これらのDUTがFCC 3mチャンバーテストに合格する場合の最大許容入力電力を導くことができます。dBmおよびmW単位の最大許容入力電力レベルについては、それぞれグラフ1および2を参照して下さい。
グラフ 1
グラフ 2
グラフ1および2から、最悪の場合(許容可能な最低)の電力レベル(通常は10GHzで発生)が決定されました。これは、指定された周波数の正弦波信号が、FCC制限を超えない放射電界を生成する電力レベルです。3つのシールドされたZenShield®コネクタにおける最大許容電力レベルを表5に示します。
各DUTの最大入力電力を、表5に記載の値で固定した場合、各コネクタでのシールド有無の放射電界強度はグラグ3,4,5であらわされます。
グラフ 3
グラフ 4
グラフ 5
結論
以上までの結果に対して、「ZenShield®コネクタを使用し、入力電力がグラフ3~5で提案された最大Pinに制限されていた場合、製品はFCCコンプライアンステストに合格しますか」という疑問が湧き上がることでしょう。これに対する答えは非常に微妙です。FCCコンプライアンステストはシステム全体のテストです。ある部品単体がFCCコンプライアンステストを合格していたとしても、システム全体が放射エミッションの規制基準に合格することが保証される、というわけではありません。I-PEXが他社製品をコントロールできない以上、ZenShield®コネクタを使用したシステムがFCCコンプライアンステストを必ず合格する、とは断言できないのです。
しかし、本稿のシミュレーションで使用された入力電力レベルを上限とした場合、ZenShield®コネクタが原因で、FCCコンプライアンステストが不合格になることはない、と考えることができます。この設計ガイドは、設計者がミリ波またはマルチギガビット相互接続コンポーネントを選択する際に役立つ出発点になると考えています。
I-PEXのウェブサイトを訪れ、ZenShield®について学んでみてください。コスト、スペース、帯域幅、パフォーマンス、および放射制限を遵守する必要のある、物理的に小スペース、大容量、高周波アプリケーションに対して、ZenShield®ファミリーのコネクタは、最適なソリューションを提供するでしょう。